川人綾は伝統文化に囲まれた奈良に生まれ、京都で日本の伝統的な染織を学びました。日本の伝統的な染織においては、いくつもの工程を、気が遠くなるような緻密な手作業によって作り上げていくため、最終的に微妙なズレが生じます。川人は、そのズレに対して人智を超えた「なにか」を感じ、強く魅かれました。そして、グリッド状の単純な形態を、敢えて手を使い、何層にも重ねて描くことによって、その「なにか」を露呈させることができるのではないかと考え、「制御とズレ」をテーマに、抽象的なグリッド状のペインティングを制作しています。
また、神経科学者の父のもと育ち、脳を通して世界を把握しているということを強く意識するようになります。その中でも特に、対象物を、脳を通して視覚的に把握することによって生じる「ズレ」、つまり錯視効果に興味を抱きます。そして、その錯視効果を、認識不可能な領域を意識させてくれるツールと捉え、グリッド状のペインティングに取り入れています。
川人の制作方法は、初めに5mm幅のマスキングテープを使って、木製パネルを覆い、それをグリッド状にカットするというものです。そして、いくつかのパーツを剥がし、アクリル絵具で色を乗せ、残りのパーツを剥がします。この一連の行為を何度も繰り返し、鑑賞者が普段、認識している世界に疑いを抱き、感知できる領域を超えた領域を感じることができると判断した時、川人は手を止めます。
日本の伝統的な染織から、最新の神経科学に至るまで、多方向から影響を受けながら、川人は人智を超えた「なにか」の存在を鑑賞者と共感するために絵画を描いています。